なすがまま

 頭上の灰色の空をくたびれたサラリーマンを積んだ旅客機が横切る頃、笹川了平15歳は混乱していた。
 理由と言えば風紀委員の文字が几帳面に刺繍された腕章も眩しい学ランの青年に背後から羽交い締めにされたところだったので、
 単純な構造の思考回路は、何か風紀を乱す事をしたろうか?と一度己の今日の素行を振り返りかけたが、直ぐにそれならば背後をとられた瞬間、あの身震いする程の鋭い殺気と一緒にトンファーの打撃が飛んでくるだろう・・・そう思い直すのには、たっぷり数十秒を費やしてた。
 その間中、雲雀恭弥は笹川了平の肩に腕を回して肩口に頭を埋めていられたので混乱する笹川了平とは対照的に雲雀恭弥はひどく満足だった。のも束の間で、
「どうかしたのか?」
 やや掠れた声が近くで耳朶を打った瞬間に、さっきまでの動物的な満足感も吹き飛び、理性と共に思考が動きを再開した雲雀恭弥は身動きせずに
「無防備だね。危機管理がなってない」
 背後から淡々と告げる声に眉間に、皺を寄せ唇を尖らせた。
「貴様に殺気がなかったせいだ」
「だから言ってる」
 反論に間髪入れずに返された言葉は、放課後の誰もいない廊下で風紀委員に羽交い締めにされたままの笹川了平を再び混乱へと追いやった。意味も解らずに首をひねる相手に苛立を募らせながら
「まあ、いいさ」
 額を擦り寄せた襟元の汗と埃と冷却スプレーの混じったニオイに浸って言及するのは止めてしまう。
 首や耳の後ろ辺りに柔らかな黒髪が擦り寄せられてくすぐったいが、そうして黙っている間はこの男の機嫌がよいらしい事は解った。元々深く思考を巡らすタイプでもないので、笹川了平は最終下校時刻の校内アナウンスが流れるまではそのまま廊下に突っ立っている事にした。



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