サクラの頃

 白を優しく赤で染めた色の花が満開になってから、雲雀恭弥の機嫌は良くなかった。正確には、慎ましやかな蕾がちらほらと新緑に見え隠れし出した頃からずっと下り調子で、今や地を這う勢い。例の病を患ってからというもの、あの花が憎くて仕方なかった。何者にも縛られる事を嫌う男が、一時でも己の自由を阻んだ花を好きになれる訳が無い。
 
 雲雀の機嫌が悪い・・・らしい。極限薄情で悪いとは思うが、オレには雲雀の機嫌の善し悪しなどさっぱり解らない。沢田が言うには、最近の雲雀はひどく機嫌が悪いからあまり刺激しないで欲しい・・・らしい。(廊下で沢田を勧誘している最中に雲雀が視界に写ったので、一緒に勧誘しようとしたらひどく慌てて止められた。)
「機嫌が悪いのか?」
 その日の午後にクラスメイトに聞いて回ったところ、口を揃えて”雲雀恭弥の機嫌は近頃悪い!”と一致しているのでやっぱり悪いらしい。しかし、やはりオレには解らないので直接本人に確認をとる事にした。
 部活を終えて帰宅する頃には雲雀も風紀員の仕事を終えているので並んで校舎を出るのが一年の頃から日課になっていた。時間が合わずに玄関先で会えない時は応接室で待ち合う。
 今日はすんなりと玄関先で一緒になった。
「別に?」
 雲雀は実にあっさりと否定したので、眉間の皺を深くした。沢田やクラスメイトは何を見て雲雀が不機嫌だと思ったのか謎だ。雲雀の機嫌は別に悪くない・・・と思う。
「難しい顔してるね。」
 歩幅を合せて隣を歩く雲雀が呆れた様にちらりと視線をこっちに寄越したので、手っ取り早く沢田やクラスメイトが雲雀の機嫌が悪いというがオレには解らんので悩んでいると伝えた。
 雲雀は瞬きをしてから
「ああ、そうかもね」
 と肯定した。
「・・・さっぱり解らん」
 憮然とするオレに雲雀は小さく笑った。
「僕は今機嫌が悪くないし、君は気にしなくていい事さ。好きに言わせておけば?」
 問いつめてものらりくらりとはぐらかされるだけなのは目に見えている、仕方なく雲雀の言葉に頷いて、その事は忘れる事にした。


 笹川了平が次の日に目を覚まし、自宅から学校に向う間に風紀委員長の仕込みトンファーを赤く染めた生徒の数は両手の指では数え切れず、部活を終えて帰宅するまでには三人分の指(足の分も含めて)でやっと足りるぐらいになった。



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