ちっとも幸せになんかなれない

 一年前まで自分の部屋どころか、自分専用のティーカップひとつなかった。

 敷き詰められた真っ白な花の中で横たわっている"ソレ"は、二年前までは自分の母親だったと記憶している。

 仕事で疲れて居る時に空腹をうったえたら殴られたし、服を汚せば頬を叩かれ、お前なんか産まなければよかったと叫ばれ、泣きながら酒を煽っている時に傍にいると息が止まるくらいに抱きしめられた。
 首を絞められた事だって一度や二度じゃない。
 それでも、二年前までオレの名前で呼んでくれた、週に一度位は抱きしめてくれたし、機嫌のいい夜には男を連れ込む仕事用のベットで一緒に眠ってくれた。うろ覚えの子守唄に、いつも同じ話のトーキングベッド、気まぐれに与えられるそれ等がたまらなく嬉しかった。

 視線を下に向けると、ピカピカに磨き上げられ革靴に可愛気のない子供が映っている。睨んでくるから睨み返した。

 くだらない一人遊びをしていると誰かに腕をとられた。無遠慮に自分に触れるのはもう"父親"とごく僅かの人間だけになり、貧民窟で野良犬の様に追い回される事は多分一生なくなった。
 オレの腕をとった"父親"が母がつけた称号でオレを呼ぶ。意気消沈した老人の情けない声だ。悲しんでいる。泣いていいと言うが涙どころか、さっきまで靴先を睨みつけ過ぎて眼球はすっかり乾燥していた。
 皺だらけの大きな手が壊れ物を扱う様にオレに触れる。そのこそばゆい感触に、一年経った今でもちっとも慣れない。


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