ビターチョコレート色をした分厚い扉を前にして、なんだか少し拍子抜けした気分の自分に驚いた。分厚く年輪を重ねた大木のような威圧感を放つ扉の向こう側にはこの日の為に集まった何百と言うマフィアがいて、この扉を開けた瞬間からそれ等は僕の部下になる。息を殺したざわめきを感じながら、今さっきひどく慎重な手付きでネクタイを締め直す右腕から受ける熱心な視線を思い出してため息が漏れそうになった。
 やる気のないそぶりを一つでも見せたら、全くそれは致命的なミスでしかないと未だに(というか一生)頭の上がらない家庭教師から指摘と制裁の拳を頂く羽目になる。
 最初の半日ぐらいは完璧を装っておかなければならない事ぐらい解っているからそんなミスは勿論、しない。
 くどくどと考えながら平行してスピーチの原稿を思い出せるくらいには、今は落ち着いていて、一週間前に長髪長身の剣士が届けて来た小さな箱を受け取った時の方が、断然に動悸は早かったし、瞳孔は開きっぱなしで、箱を開ける指は精一杯努力しても震えてしまっていた。
 そんな様子を見た剣士が小さく笑ったのを僕の右腕は見逃さず、酷く険悪な視線を送ってしまい。(まったくいい歳だというのに)挑発に乗り気になった剣士と一触即発な空気が一瞬出来たのを、突然泣きながら乱入してきた天然パーマの少年がぶち壊してくれた。ランボのあの空気の読まなさ加減には度々感謝する羽目になる。
 お陰でなにもかもがうやむやになっている間に、箱の中身を今日身につける為に用意された衣装に紛れ込ます事が出来た。
 カフスリンクが自分の選んだものではないと知った衣装一式を準備した彼は、気付けばいつもある眉間の皺を更に深めて不平の態度を一瞬だけ見せて後は押し黙った。前もって用意された衣装に満足の意を示して、賞賛さえしておいて良かったと思う。(賞賛に一切の嘘はなく、僕の右腕は本当にセンスがいい)

 改めて、袖口で控えめに存在を主張するボンゴレの意匠を象った純銀製のそれを見ると、落ち着くというよりはやっぱり拍子抜けした気分になった。
 拍子抜けした気分のまま扉が開いて、ずらりと居並ぶ自分より威圧的な容姿の男達を前にしても脈は順調でスピーチだって一語一句間違えなかった。このまま終るのかと、更に気を抜きかけたその時、

 黒服の男達の一番後方の扉が突然開いて、肉食動物の群のど真ん中をボスらしく悠然と、あの男が歩いてきた。当然のように僕に向って真っすぐに・・・

 正直なところ、一番狼狽したのは僕だと思う。その証拠にただ茫然と真っすぐ向ってくる、自分とは比べ物にならない程堂々とした体躯の男を見ていた。他に一切の遠慮なく歩く姿は、まったく人の上に立つ為にうまれて来た男だと思わせる。 こんな事を考えるのは不毛だろうが、この男に正当な血統さえ流れていたらきっと僕の立っている場所に立つのに、これ以上相応しい者はいないだろう。

 呆としていていると、男が僕の前で跪いた。
 ひどく滑らかに自分の手が差し出され、男の肉厚な唇がまだ華奢な少年らしさが残った指に落ち着く指輪に触れるのを、まるで他人事の様に思う。


 それは例えばとても有名な童話の結末とおなじぐらい、理不尽な決まり事のように、ごくごく自然な行為とされた。




信者の喜び、王者の忠心、神の憂鬱

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