希望する範囲

 拒む事は出来たと思う。ただ一言"イヤだ"と、告げればいい。この男は決して無理強いはしないのだから、いつだってそうだった…だから、決して拒んだりしない。

 二人の間に甘い恋人同士の様な駆け引きは成立した事が無かった。いつも直接的な言葉で行動の許可を求める相手に、了平はそれは、それで満足だったし、正直な所を言えば甘い駆け引きの様なモノがうまく理解できなくて、上手にやれる自信も無かったので助かった。
 ただ、あの男が仕事上は非常に上手に恋の真似事が出来る事を知っていたから、それを自分に仕掛けてこない事が不思議だった。一度、疑問をそのまま口にした事が有る。
 上手な言い回しや、黙っておく、なんて事は了平には出来なかった。素直に口に出してしまう方がずっと自分らしくて楽だ。

 男は少し驚いたように目を見開いてから、ひどく甘い笑顔をつくった。その表情を見る度に、了平は落ち着かなくなるのだが男はそれを気にせず、珍しく許可もとらずに了平に触れて
「貴方には、そんな言葉は必要ないでしょう?最も、貴方がしたいと言うなら、いくらでもするのですが」
 近くにある男の端正な顔を前に、了平は首を振った。甘い言葉も、焦れったい駆け引きも苦手だと告げる。男はまた甘く笑って、はじめて了承を得ずに口づけを行った。セックスの最中にだっていちいち許可を求めていた男が、と了平は不思議に思ったが、イヤな気はしなかったので何も言わずに男と舌を絡める行為に没頭した。

 男が長い指を了平のタイに絡めた所で、慌てて距離を取った。(了平は気付かなかったが、男はとても落胆した表情を一瞬だけ浮かべた)
「誕生日だろう?」
 了平は晴れの守護者に相応しく、鮮やかに笑って小さな箱を取り出した。男が稀に吸っている煙草で、あまり見かけない凝ったデザインの箱だ。
 了平は、本当はもっと後までずっと残る様な物を贈ってやりたかったが、この六道骸という男は一カ所に留まって生活する事をしない上に、個人を特定出来るような物も持たない。リングやピアス、ペンダントにバックルの様な物なら或いは持ち歩くかもしれないが、三日あけただけで身につけている物が全て変わった事もあるぐらいだったから、その類いも必要ないのだろう。
 不必要な物を贈るよりは、と気を遣った結果がそれになった。食事でもおごってやった方がいいかと思ったが、今日は時間が合なかった。

「覚えていたんですか?」
「いや、忘れていたがカレンダーにメモしてあった」


 らしくないと我ながら思ったが、骸は期待のこもった声で問うた。返された言葉には甘みはなく、どこまでも爽やかなものでそれはこの上なく彼らしいものであったから、どうしようもなく自分が滑稽だった。
 キスしてもいいですか?といつもの通りに聞いた。彼が少し困ったように眉尻を下げ、苦笑を浮かべながらも頷いてくれるのを見たい。
 ほんの数センチ先にいる人が躊躇いなく近づいて、見た目よりやわらかな唇の感触に面くらった。今日は驚かされてばかりいる。はやり、らしくないなと思って自嘲を浮かべたのには気付かれてしまった。
「嬉しいんです」
 両手を上げて降参する。一生、彼には敵わないと思う。愛おしくてたまらない。
 熱い血液の流れる首筋の血管に口づけながら、今日はどれぐらい深く愛しているのか解らせて差し上げようと思うのだが、気狂いの自分の事だから、本気になったらきっと酷い事をしてしまう。彼はきっと拒絶しないだろうから、要求する時はとても気を遣っている。
 それはしても彼を傷つけないかどうか確認する為に、いつもいつも彼に言葉にして許可を求めている事を、彼にいつ伝えたらいいだろうか?



ベットサイドでまだビニールにくるまれたままの箱が、パタンと軽い音を立てて倒れた。



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