みずみずしい蒼に洗われてゆくこと

センチメンタル



 何事にも”初めて”というものがある。
 雲雀恭弥がはじめて、笹川了平という存在を初めて認識したのは4月の頭、並盛中学入学式から一週間にも満たない春の日だった。

 始業のチャイムはとっくの昔に鳴り終わっていた時刻。校舎裏の塀と校舎の壁の間にある僅かなスペースで、焼却炉を背に本来並盛中学の制服であるはずのない学ランに、時代遅れ甚だしいリーゼント、一様に厳つい顔をした長身の学生十数名が目つきの悪い黒髪の学生一人と対峙していた。
 一人だけ職員用の通用口を背に立つ学生の方は規定通りの制服を着ているが、今ひとつ着せられているという印象があり、160センチをやっと越えたぐらいの身長からしても、入学したての新入生と解る。
 しかし、その態度はとてもふてぶてしく、強面の学ランリーゼント集団を前にしても平然とした顔をして、わずかばかりの嫌悪感から眉間に小さく皺を寄せている始末だ。
 焼却炉側の集団の中心に立つ、一際背の高く、リーゼントも長い、そして一人だけ長ランのどう見てもリーダー核の男がおもむろに咳払いを一つし、何事か言おうと口を開けた。 
「っ「口上なんかいらないから、早くはじめようよ。全員に勝ったら僕が新しい風紀委員長でいいんでしょ?」
 長ランの男が口を開くより先に、ブレザーを脱ぎ捨てた新入生が仕込みトンファーを構えて集団に突っ込んでいく。その際、最後に「それに群れてる連中って見るだけでイライラする」とつけ加えた。長ランの風紀委員長は一瞬だけたじろいだが、すぐに臨戦態勢をとった。無論、他の風紀員達もだ。


「むっ!?」
 校舎の窓から顔を出した一年生は、左眉の端にくっきりとした傷跡があった。校舎裏には学ランを着たリーゼントの累々たる死体…ではなく、身体中殴られて血と打撲痕だらけになって倒れているが、皆かすかに息をしている。
 窓から顔どころか身を乗り出した一年生の興味は、延々と倒れた男達の悲惨な姿では無く、その中心で自分より頭ひとつ分以上背の高い長ランのリーゼントの顔面に止めの一撃をめり込ませている学生の方にあった。
 何とも気分の悪い打撃音と同時に長ランの風紀委員長は、すでに気を失っている仲間へと倒れ込み、倒した学生はトンファーの血を振り払った。勢い良く飛沫した血は、目一杯身を乗り出していた一年生の顔と真新しいワイシャツとネクタイに滲みをつくる。
 倒れた風紀委員達の中心に立つ学生は、気配を感じて猛禽類じみた鋭い視線を上げて、自分のせいで赤く滲みをつくった一年生を見た。
 新しい風紀委員長となった黒髪の学生が、窓から身を乗り出す一年生に予想する反応は、怯えて混乱し、窓から廊下へと転げ落ちるように尻餅をついて腰を抜かし、逃げる事もままならずに情けない悲鳴を上げる。というものだった。

「お前、いい動きをするな!ボクシング部に入らんか!!?」

 間髪入れずに発せられた声は、予想外でおまけに今まで聞いた事もないようなハッキリとした大声で思わず身体硬直してしまう。そして、睨みつけた筈の一年生の色素の薄い瞳は期待にキラキラと輝き、一点の曇りもない晴天のようで、その眩しさから逃れる為に思わず天を仰いだ。

 晴天の青空に白い雲が浮かぶ気持ちの良い春の日、まだお互いの名前も知らなかった。


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