むず痒い優しさにつけこんだこと

 はじめて一緒に帰った日以来、ヒバリの様子が目に見えておかしい事に了平は割合とすぐに気付いた。
 先ずは口数が減った事には気付かなかったが、いつもの様に勢いを付け過ぎた接近には警戒が厳しくなった。敵意が無いのだから一々反撃など最初からしなかったのに、最近では少し顔が近づいた位で殴られた。かといって深く考えるタイプでもない了平は、それは単にヒバリの機嫌が悪いのだろうと勝手に解釈して気に留めなかった。
 昼休みには当然の様に屋上に昇り、帰りは下足箱のところでヒバリを待ったり、待たせたりした。ヒバリはどんなに部活が遅くなっても了平を待っているので、了平もどんなにヒバリが遅くても待っていた。
 了平がヒバリの変化を気に留めなかったのは、ヒバリがそうして了平と時間を過ごす事を拒否しない事が大きかった。
 だから屋上で二人過ごす様になってはじめてのスコールに遭遇して、慌てて校舎の中に入ったというのにずぶ濡れになってしまった時、不意に近づいたヒバリの顔には少し驚いただけで、何の不信感も抱かなかったし、むしろ嬉しかったぐらいだ。例え近づき過ぎて、唇が触れてしまったとしても、了平にとってはヒバリがよろけたぐらいにしか思えなかった。

 ヒバリは、あの日以来の自分の感情に整理がつかない苛々を取りあえず目の前の了平に向ける暴力で発散させようとして失敗し、余計に陰鬱になっていく気分に更なる苛立を募らせていた。
 それでも了平と一緒に居られる日常を手放す事など、全く考えの及ぶ所ではなくて、了平がくるまで3時間も下足箱の所でぼうっとしていた事もあったぐらいだ。(その事は勿論了平に伝えられず、鬱屈とした気分だって了平がくればそれで晴れる)
 そうしてずぶ濡れになった日、はじめて雨を吸った制服の匂いと湿った空気と濡れてしまったなと笑う了平の顔を見ていたら、なんだか堪えているのが馬鹿らしくなって強硬手段に出てしまった。
 一瞬だけの感触に、特に感想などなくてそれよりもその後、具合でも悪いのかと真剣に訪ねる了平にいっそ涙がでそうになった。それはあくまで気分の問題だったから実際には、髪から落ちた水滴が頬を伝うだけで、保健室にタオルを取りにいこうと濡れた了平の手をとった。

 了平は確りした足どりで保健室に向うヒバリに安心して、ヒバリに付いていった保健室でタオルで濡れた頭をぬぐいながらさっきの唇が触れた感触を反芻し、今度はきちんと意味を考えてしまったらもう顔が上げられなくなった。
 ヒバリは固まった了平を不審に思って顔を近づけると、いきなり押し付けられた唇に不覚にも驚いて一瞬意識が飛んでしまった。

 最初より少しだけ長い間触れ合ってから、顔を離すと双方頬が紅潮して途方に暮れた様に互いを見つめ合った。何か口に出すも不謹慎な気がして、もう一度口づけて抱き合った。思ったより細いと同じ様な事を互いに思いながら、それ以上に進む行き先がわからなくて、ただ貪るように触れ合う。


 結局、その後チャイムが鳴って言葉を発せいまま了平は授業に戻り、ヒバリは占領した保健室のベットの上でまだ濡れた髪のまま眠りについた。


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