群青色の空に溺れること

センチメンタル



 穏やかな春の日差し、時折吹く強い風に髪や服が乱れるのに愚痴を零しながらも、並盛中学に入学した新入生達はすっかり学生生活にも慣れ、気持ちのよ過ぎる春の午後には眠気に耐え切れず机に倒れ込む者も出始めた。
 特に運動部に所属する一年生は中学での練習量の多さにまだ慣れず、朝からひっきりなしに欠伸をしている者も一人二人ではない。そんな中で、ボクシング部に入部した笹川了平は一際異彩を放っていた。
 話をする時は常にオーバーリアクション付きで、声は隣のクラスまで届く、しかも朝から放課後の部活終了からその後まで一環して高過ぎるテンションを維持し続け、授業中も意外にも意欲的で積極的に手を挙げて質問もする。暑苦しいと思う所もあるが、単純明快で嫌味のない了平はクラスの大半からは好意的に受け止められていた。
 文科系の女子などからは冷ややかな視線を受ける事も有るが、本人がそれに全く気付いていないので意味が無く。彼女等も率先してかかわり合いになる事もないので了平の学校生活は、傍目からも充実していると解る程順調だった。

 本人も、幼い頃からジムに通って慣れ親しんでいたボクシングを学校でも思う存分する事が出来て、極限充実している!と夕飯の折りには家族に話していた。
 ただし、その了平にも若干の悩みは有り、自分以外のボクシング部員(主に同学年)の実力の低さには落胆していた。幼い頃から鍛えて来た了平と、ボクシングを始めて一ヶ月も経っていない彼らとの間には決定的な溝があった。2年、3年の先輩には同じジムに出入りしていた者もいて、了平の実力を知っている為、同学年のだらし無さというか覇気のなさに怒りをぶつける了平を苦笑いを浮かべてやり過ぎている様ならやんわりと止めてやっていた。(大半の場合、1年生を鍛える為に見て見ぬ振りをしている)
 了平は、すぐに本格的な練習ができると思っていなかったし、雑用や基礎トレーニング漬けの部活内容に不満は無かったが同学年の部員との間のそんな溝にはやきもきしていた。
 そして終には、
「もうやってらんねーよ!!」
 新入部員の一人がそう啖呵をきって部室から走り去ってしまった。その時は1年生だけしかその場に居なかった為に、了平を止める者はいなかった。了平は自分が焦り過ぎて苛立をただ相手にぶつけてしまった事に、その時は頭に血が昇っていたせいで全く気付かず、行き場の無い拳を部室の壁に叩き付けて、コンクリートにひびを入れた。(その後、部長、先輩、顧問、コーチからこってりとしぼられる事になる)

 そんな事があった翌日、了平は廊下を歩いていた雲雀恭弥に気付くといつにない勢いで駆け寄った。その日は勢い余っていきなりその肩を掴んで顔を近づけ、いつになく熱心にボクシング部へとヒバリを誘った。
「ねぇ、チャイム鳴ったんだけど?」
 予鈴が鳴り、了平のあまりの勢いに呆れて抵抗もせずにいたヒバリはお馴染みの台詞を吐いた。いつもならそこで引く了平だがその日は中々立ち去ろうとせず、ヒバリの肩から手は外したがそれを握って俯いて耐える様に奥歯を噛み締め、視線を彷徨わせる。
 そんな了平の様子を見たヒバリは、自分でも予想外の行動に出た。

「どっどこへ行くのだ?」
「いいから、黙ってついておいでよ」
 ヒバリに右手を引かれ、了平は何度か後ろを振り返りながらも迷い無く進んでいくヒバリについていくしかなかった。手を振りほどこうという発想がまるで無かった。
 ヒバリはそういえば了平に触れるのははじめてだと思い、しかし、今さっき了平が自分の肩を掴んだのこそ最初だったのだと思い直し、なんだか初な娘みたいな発想だと内心、自分に失笑した。


 了平はヒバリに引きずられる様にして階段を登り、始めて屋上に出た。ここは立ち入り禁止じゃなかったかと聞くと、僕はいいんだよと当然の様にヒバリが言うのでそうかと納得してしまった。
「それで、どうしたっていうのさ?」
 晴れた春の日の午後、屋上のフェンスに寄りかかって風を受けながらヒバリは了平を促す、了平は何をと問い返す様なまどろっこしい事はせずに昨日起きた事をそのままヒバリに話して聞かせ
「お前が入部してくれれば、変わると思うのだ!」
 強い光を孕んだ色素の薄い瞳を、ヒバリは光を飲み込むような黒い瞳で受け止め、小さくひとつ息を吐いて
「僕は弱い草食動物と群れる気はさらさら無いし、僕からしたら君だって弱い」
 淡々とヒバリが口にした言葉は、了平の頭でも理解出来るストレートなものだった。
「オレはっ「ねえ、なんでそんな部活に拘るの?」
 了平が言葉を発する前にヒバリが了平に顔を近づけ、首を傾げた。
「そうやって草食動物達と無理に群れる必要なんかじゃないか」
 了平はフェンスに身体を預け、力なくずるずるとしゃがみ込んだ。ヒバリの言う事は、わからなくもない。ヒバリは、そんな了平の前にしゃがみ込んで、じっと珍しく覇気の無い了平を見つめる。

「だが、やはりオレは極限にボクシング部も止めんし、諦めんぞ!!」
 数秒後、了平は突然跳ね起き、拳を掲げて叫んだ。
「・・・・・そう」
 ヒバリはつまらなそうに息を吐く。
「愚痴のような事を言って極限すまなかった!」
 直角どころか柔軟でもやってるのかというほど頭を下げる了平に
「別に」
 と気の無い返事をしてヒバリは空を仰いで再びフェンスに背を預ける。
「今から授業に戻ってもいいものだろうか?」
「たまにはいいじゃない」
「それもそうだな!」

 その後、了平はヒバリの勧誘も諦めたわけではないのだとボクシングについて熱弁を振るい、ヒバリはそれに適当な相づちを打っている内に午後の授業が終了する鐘が鳴って、了平は部活へと向った。


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